オリジナル創作長編『Solid color』連載中。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
壊滅的に長いエピソード3。人がたくさん出てくる。
----------
今僕が立っているのは、黒い扉の前。
壁も床も、他は全て白いから、その扉は一段と黒く見えた。
何の部屋だろう?なんか怪しいな…黒魔術の部屋とか?
なんて考えてた僕の隣で、銀さんはこう言った。
「ここがお前の部屋だ」
「へえ…って、え?」
耳を疑った。いや別に疑う必要はないんだけど。
「ここが…ですか?」
「そうだ。ここが、だ」
廊下はほぼ密室状態だが、部屋の中にはちゃんと窓もあるし、冷暖房も完備。ベッドや机などの家具もあり、別に不便ではないのだが…。問題は隣の部屋である。
「あの…」
「なんだ?」
「さっきから隣の部屋の物音が凄いんですけど」
「ん?ああ。またやってんのかアイツら」
「やってる?アイツら?」
アイツらって?と僕が聞くと、ついでに挨拶しとくか、と言ってスタスタと隣の部屋に向かう銀さん。後を着いて行かざるを…得ないよなあ。
そして緑色の扉の前。
「おーい、然ム?いるかー?」
バタバタと音がした後、
「は、はーい!いますよー!」
焦ったような男の声が聞こえてきた。
「開けてもいいかー?つか開け…」
「あああああああ駄目です!開けないで!」
あまりの必死さに、銀さんは驚いたような顔をした。が、すぐ後には呆れていて、
「……またイースが来てんのか」
と、ため息混じりに言った。
するとそれに対抗するように聞こえてきた女の子の声。
「またとは何よー!そういうこと言うと、ギンちゃんもあたしの餌食にしちゃうよー?」
随分な物言いだ。幼い声で大層なことを言う。
「やれるもんならやってみろ。つか、客だ。さっさと終わらせてここ開けてくれ」
「はーい。然ちゃん!ほら!片付けないと!」
「ほとんどイースが散らかしたんだろ!」
「然ちゃんも散らかされた側だけどね」
「…はいはい」
そんな会話から数分後。漸く開いた扉から出てきたのは、長身の男と、声の通りの幼い女の子だった。男の方はおおよそ20代くらい、女の子の方は、見た目からして12歳くらいだろうか。
「お待たせしました」
「新人さんみーっけ!」
長身の男とは対照的に、女の子の方は僕の周りをしばらくウロウロしてから、
「ま、顔は悪くないね。でもちょーっと痩せすぎかなあ」
なんて失礼なことを言った。年下に言われるとは…我ながら軟弱なこの体を恨むよ。
「こら、イース!初対面相手に失礼だろ!…ごめんね、こういう子なんだ」
注意する割にかなりアバウトな謝罪。絶対O型だな、と、どうでもいいことを考えていると、毎度の如く自己紹介タイムが始まった。
「あたし、黄ノ原イース。年下だけどここでは先輩なんだから、あたしの言うことはなんでも聞きなさい!」
「はあ…」
なんなんだこの子。最近の小学生はこんなにませてるものなのか。
「いい加減にしなさい、イース」
「はーい」
イースをなだめながら、長身の男も自己紹介。
「俺は緑山然。ゼンで良いよ。苗字長いから」
「あ、はい」
まともだ。ここに来て一番まともな人だ。
「あ、えっと、黒須十次です。よろしくお願いし…ま…」
そこまで言いかけて、目の前のイースにムカついたのは他でもない。
「あっははっはははっは!」
「な、何か…」
あまりに爆笑するので、理由はなんとなく予想できたけど一応聞いておいた。
「だ、だって…名前…ぷっ…どんなセンスしてんのよ…あんたの両親…ぷっはは!」
悪かったな。変な名前で。つか、お前に言われたくない。
「イース」
「は…はは…あー苦しい。何?然ちゃ…」
笑顔だったイースの顔が一瞬にして引きつった。
「いい加減にしなって言ったよね?」
「あーうん。言った、ね」
然さん目が笑ってない。…と思ったけど、切り替えは早く、表情はすぐ柔らかくなった。
「じゃあもうやめなって。イースだって、人の名前笑えるような名前でもないだろ」
「あー、それどういう意味ム?」
「ハーフに名前を笑う権利なし」
「ちょっ、それ差別じゃん」
「普段俺を下僕扱いしてあんなことやこんなことさせてるお前に差別とか言われる筋合いないんだけど」
「うっ…」
多重人格かと思うくらいに、さっきの部屋の下りからは想像もつかない迫力でイースを追い詰めている。何者なんだこの人…。ていうか、あんなことやこんなことって何。
「ま、まあ、今回は然ちゃんに免じて見逃してあげる」
何を。
「とにかく、今後私とすれ違ったら挨拶と敬語!忘れずにね!」
はいはい。
「わかったよ、イースちゃん」
冗談混ぜないとやってらんない。つか、こんなキャラだっけ、僕。
「あー!もうなめてるし!」
「はーい部屋に帰ろうねー」
「ちょ、離してよ然ちゃん!」
「じゃあまたね、十次くん」
「おーい、ちょっと待て」
今までずっと黙って聞いていた銀さんが、しばらくぶりに口を開いた。
「お前らなあ…俺を無視して話進めんなっつの」
「あー、すみません、つい」
さっきからちょこちょこ毒舌な然さんである。
本題本題、と言って二人を元の位置に戻って来させ、ついでにイースの解放も命じた。心なしかイースの目が輝いて見えた(無論、銀さんへ向けて)のは気のせいだろうか。目移りが凄まじい。
「輝がな、こいつの歓迎会をやりたがってんだ」
そう言いながら僕を指差す銀さん。
「お前らも参加するよな?つか参加しろ。来ねえと俺が怒られる」
なんか全然歓迎されてる気がしないんだけど。既に。
「ギンちゃん輝ちゃんには弱いからねー。いいよ、あたしは参加したげる!」
「じゃあ俺も。イースの面倒見ないとね」
「別にあたし一人でも大丈夫だよっ!」
「でもどうせ全員行かなきゃいけないし」
「むー」
1人不満げなイースは無視し、銀さんは交渉成立とばかりに頷いた。
「んじゃ、明日の午前10時に広間集合な」
「わかりました」
「ねえねえその10時っていうのは十次とかけ…」
「じゃあ、俺たちはこれで」
あと一歩で僕の堪忍袋が切れるところだった。セーフ。
「あ、そうだ。然。こいつお前の隣の部屋だから、色々面倒見てやってくれな」
「了解です」
「イースも程々にな」
「はーい」
イースの返事を聞くと同時に僕たちはまた廊下を歩き出した。
「一通り回ったら、自分で部屋に戻ってもらうからな。ちゃんと道覚えとけ」
「はい…」
そうは言っても、こんな真っ白な廊下、なんの目印も無しに歩けるわけないだろうと思うんだけど。
ま、なるようになれ。
「それじゃあ次行くか。あんま俺も行きたくねえんだけど…一応世話になるだろうからな」
そう言う銀さんは、なんだか凄く重たい空気を背負っているように見えた。
銀さんの足取りが明らかに重かったので、僕はさっきの2人について他諸々の質問を異常なほど繰り返し、遠回しに時間を稼いでいた。
大体、銀さんが会いたくない人が僕の会いたい人なんて可能性はほぼ皆無だ。理不尽すぎる。
それなら時間を稼ぎたい銀さんに協力するのが利口だと考えた結果がこれだ。そう、これだ。
今となってはそんなことしなければと後悔している。よりにもよってあの2人に関しての質問はタブーだと、僕は自分で学習した。
「まあ大体わかったろ?つまり…」
「あの人たちは、もうそういう関係なんですね」
そう、そういう関係。
「あーでもな、然にはそういうこと言うなよ。あいつは不本意だから」
「そうなんですか?」
「イースがここに来た当初、まあ色々あって誤解されたんだよあいつ。で、今に至る」
「はあ…」
そんなに口にしづらいことなのか。見るからに健全そうなのに。
僕が心の底から後悔と然さんへの同情に勤しんでいると、
「やっと、来たようじゃな」
おじいさんの声がした。
え?でも……どこから?
僕は辺りを見回したが、隣に銀さんがいるだけで、他には何も…
「ここじゃ、ここ」
声がするのは下の方からだった。僕はふいに自分の足下を見た。するとそこには、
「…リス?」
リスがいた。
「はあ、これだから最近の若いもんは…わしはエゾリスじゃ!」
いや、そんな種類は得にどうでも良いかと。
「ていうか、リスが…しゃべっ…」
「よう、ヴァルゴ。最近のドングリはどうだ?」
…え?
銀さんに質問を投げかけようとした僕だったが、そこには目の前のリスに普通に話し掛ける銀さんの姿があった。
「うーん…近頃は大気汚染が進んでおるせいか、あんまり良い味ではないのぉ」
「へえ…そりゃ残念だな。今度然のとこから貰って来たらどうだ?」
「ダメじゃダメじゃ。あいつの部屋は不純じゃからの」
本当に然さんがことごとく可哀想になってきた。いやいや、そんなことより、
「あの、リス…さん?」
「リスじゃない!ヴァルゴと呼べ!」
「じゃ、じゃあ…ヴァルゴ、さん」
「あー、堅苦しいのは苦手じゃ。ヴァルゴで良い」
「じゃあ…ヴァルゴ」
「おっけー」
何なんだこれ。
「あの、ヴァルゴ。どうしてあなたは言葉を喋れるんです?」
これだよ。これが聞きたかった。
「ほぅ…知りたいか?」
「は、はい」
「そうか…では教えてやろう」
そう言って15秒程ためた。
そんなに重要なことなのか…。と内心緊張していると、
「ヴァルゴー?、帰ってるんだったら早く入れー」
ヴァルゴのすぐ後ろにあった部屋の入り口と思しき穴(しかしドアは無い)から声がした。そういえばさっきから電気が付いている。
「おーう、今行くでぇのー。それじゃあ坊主、わしは呼ばれたので行かなければならん。話はまた今度な」
「え、いや、ちょ…」
完全に誤摩化されたと若干悔しがってると、銀さんが救いの手を差し出してくれた。
「心配すんな。俺らもあの部屋に用があるんだ」
そうなんだ。よかった…。とも言ってられない部屋だとも知らずに、僕はヴァルゴと銀さんの後に着いてその部屋に入った。あれだけ時間稼ぎに専念していたあの頃の僕は何処へ。すんなり部屋に入ってしまった。
そこは薬品臭かった。薬品臭い…というか、もう明らかに保健室のような場所であった。
壁も床も白く、廊下と大して変わらない。だが、清潔感が感じられるのは入ってすぐのベッドや医療器具だけで、その奥のカーテンの向こうは、まるで地獄絵図だった。
人間の解剖写真、解剖に使用されたと思しき道具の数々。通販グッズの数々。白い壁はところどころ血に染まっていた。
「あ、あの…えっと、黒須十次です。今日からここで暮らすことになった…」
一応礼儀かと思って、そんな光景に気を取られないよう、できるだけ冷静に自己紹介をした。
この部屋の住人であろう人物は、僕の目の前の椅子に座って、カルテ的な何かよペラペラめくっている。
茶髪の、それなりに長い髪を微動だにせず、黙々と資料を読みふけっている。後ろから見ただけでも示しは付く。凄い美人でスタイルも良い。大人オーラ全開。
そんなことを考える暇があるくらい、僕の自己紹介から沈黙を銀さんが破ってくれるまでにかなりの時間があった。
「七重さん、この前言ってた新人です。顔見せに気ました」
「……」
「七重さん」
「………」
全くもって返事がない。
銀さんは呆れたようにため息を吐いてから、七重さんと呼ばれた女の人にゆっくり近付いて行き、
「…七重」
耳元で囁いた。え、なんで。
「ああ、真か。どうした?」
さっきより小さい声で囁いたはずなのに、反応はさっきより断然早かった。だからなんで。
「どうしたもこうしたも、この前話した新人が来たから挨拶に来たんですよ」
「あー、そうかそうか。忘れてた」
そう言って振り返った彼女は、やっぱりとても綺麗だった。細い黒ぶちの眼鏡が良く似合う。
「で?名前は?」
長い髪を右下の方で1つに縛りながら、さっきの僕の発言は全く耳に入っていなかったのだろう、僕を見て言った。
「黒須十次です」
「あ、そう」
「はい」
全く会話が弾まない。
しかし、銀さんの一言で急に態度が変わったのは言うまでもない。
「あの黒い部屋に住むことになった」
「!?」
目を見開き、そのナイスプロポーションを存分に発揮した美しい歩行技術で僕に近付いて来た。
「お前が、黒の…?」
「は、え…?」
「七重さん、そいつまだ自分のこと良くわかってないんで」
僕が戸惑っていると、銀さんはまたも助け船。良い人だ。
「そうか…悪かったな」
そう言って席に戻ると、ようやく自己紹介をしてくれた。
「私は虹村七重。七重さんでいい。みんなそう呼ぶからな」
「あ、はい」
僕が返事をしたと同時に、用は済んだとばかりに銀さんは一歩引いた。
「じゃあ七重さん、俺たちはこれで」
「待て、誰が帰っていいと言った。それに…」
帰ろうとUターンした銀さんを後ろから声だけで引き止め、すっと立ち上がると銀さんの方へ歩き出し、
「私のことは七重と呼べと言ったはずだ」
「いや…だってさっきまでスルーしてたじゃないですか」
「あれは初対面の客の前だから仕方なくだ。今はもう自己紹介も済んでこいつとは初対面じゃなくなった」
何処をどう取っても理不尽極まりない発言だったが、とりあえずここの女性陣は強いな、ということでひと括りにしておいた。
「まあいい。おい黒いの」
「へ…僕?」
「そうだ黒いの。お前だ」
僕はどうやら「黒いの」と呼ばれることになったらしい。ちょっと不満だけどまあいいか。
「今度私の実験台…あーいや、研究材料になれ」
全く言い替えた意味がない気がするんですけど。
「あー…っと、それはどういう…」
愛想笑いすらできないでいると、またも銀さんの助け船。
「七重さん、引かれてますよ」
「知るか」
「七重」
「はーい」
態度が変わりすぎである。
とにもかくにも僕たちはこの研究室としか言い表わせない通称医務室を後にし、次の目的地へと向かった。
銀さんは出て行く際にさっきの2人と同様、七重さんとヴァルゴにも歓迎会の日時と場所を伝えていた。
だがしかしやはり大人だ。僕の名前と時間帯の関係性には全く触れなかった。流石。
「次の奴はイース年下だ」
「はあ…」
衝撃の申告を受けて僕がため息を付くと、
「だが、イースよりは七重さん寄りだから安心しろ」
一瞬安心しかけたが、良く考えれば全く安心できないことに気付いた。
「女性…ですか?」
「いや、男だ。つか、ここに女はイースと七重さんしかいねえから大丈夫だ」
何が大丈夫なんだ…。と思いつつも、次の相手はとりあえず名前とかくだらないことに関心を抱かないであろうという推測ができたので、期待と不安に胸を…まあそんなに楽しい気分でもなかったけど。
とりあえずはリスが何故喋るのかを自分なりに考えて歩くことにした。
何故リスが喋るのかを考え始めて早15分。
結局理由は突き止められないまま、僕と銀さんは今までの部屋とは少し離れた所にある紫色の扉の前にいた。
そろそろこの展開にも飽きてきた頃だと思うが、もう少し我慢していただきたい。
「ここ…ですか?」
「ああ」
僕が疑問に思ったのは他でもない。この扉は取っ手がなく、まるで白い壁が1か所だけ紫に塗られたかのように見える。
「ここの住人は酷く神経質でな。外部からの侵入をことごとく拒む」
つまりは潔癖性…的なことか。
「そこで、この部屋だけは特別仕様で、防音や防寒はもちろん、簡単には破壊できない頑丈な造りになっている」
「へえ…。じゃあどうやって開けるんですか?」
「入れてくれるかわかんねえけど、とりあえずやってみっか」
そう言って、扉の横に設置されたパネルをいじる銀さん。しばらくして、パネルに付いたスピーカーから声が聞こえた。まだ声変わりしていない少年の声だ。
『銀さんですか。何の用ですか?』
「この前話した新人だ。挨拶に来た」
『この前…思い当たる節はないですが』
「お前ずっとパソコンに向かってたから聞いてなかったんだろ」
『とくに必要ない情報だと判断したので』
「だろうな」
どうやら龍王さんが僕を連れて行く前から、ここでは僕が来ることは決定事項として話されていたらしい。
それにしても、どうでもいいってへこむなあ。
その後しばらく銀さんが少年に扉を開けるよう交渉すると、
『わかりました。ただし、消毒してから入ってください』
少年の声と同時に、壁から2本の金属製の腕が出てきた。
2本の腕は僕と白銀さんを取り囲み、持っていたスプレーを一気に噴射。
「げほっげほっ…うぇっ…」
気分が良いとはとても言えなかったが、無味無臭なことや少年が「無害ですから」と言っていることから、恐らく人体に影響は及ぼさないのだろう。
「げほっ…は、入るぞ」
『どうぞ』
ようやく咳が治まった銀さんが確認を取ると、少年は快く了解し、目の前の紫色の扉が開いた。
中は真っ暗だった。ただ1か所、住人と思しき小柄な人陰の眼前以外は。
「またこんな暗い中でパソコンいじってんのか。目悪くなんぞ」
「もうとっくに悪いですから」
そう言って未だ振り向かない少年。何にそんなに夢中になっているのか。
「付けたいならどうぞ。僕は構いません」
少年の言葉を聞き、すぐさまドアの横にあるスイッチに手を伸ばそうとした銀さんを、僕は呼び止めた。
「本当にいいんですか?その…明るいのが駄目とかそういうんじゃ…」
「だったらパソコンの光も駄目だろ」
「あ、そっか…」
その通りだ、と思い、銀さんに電気のスイッチを任せた。
数秒後、部屋に明かりが付いた。
パソコンの方から「うっ」という小さなうめき声が聞こえた。そりゃああれだけ暗いところにいて急に明るくなったら体はびっくりするよな…。
少年は眩しそうに俯いていたが、しばらくしてこちらを振り返った。
椅子に座ってこそいるものの、明らかに小柄な少年だった。
「初めまして、黒須十次さん。僕は紫苑といいます。紫に、広辞苑の苑と書いて紫苑」
ご丁寧に漢字の説明までしてくれた。小柄だが、今までで1番しっかりしている気がする。でもちょっと笑顔が足りない。
「初めまして。えっと…」
部屋を見回しながら、何から質問しようか(それほどまでに物が多い部屋だった)と考えていると、
「僕の仕事は、主に情報収集やデータ整理です。それ以外に何か質問はありますか?」
やはり真顔のまま、1番聞きたかったことを話してくれた。
でも質問はもう1つ。
「その椅子、車椅子…かな?足が悪いの?」
車椅子ほど大きな車輪ではなかったが、肘置きの部分がなんだか色々ごちゃごちゃしており、プレステのアナログスティックみたいなものが付いているし、背もたれ部分に取っ手も付いてる。
「ああ、これ。これは…」
「こいつ歩くのがめんどくさいんだよ。だから電動車椅子」
歩くのがめんどくさいって…。やっぱりまともでもなかった。全く、最近の子供は。
「正しくは脳波式電動車椅子です。そこら辺の部品の塊と一緒にしないでください」
「あーはいはい、悪かった」
あんな物はただのおもちゃですよ、と日本の技術者たちに喧嘩を売りながら、紫苑はパソコンに向き直った。
「で、歓迎会がどうとかっていう話は僕も関係あるんですか?」
パソコンに向かったまま振り返らずに質問する紫苑。
「イースたちか?」
「はい。10分くらい前にここに来て、新人の歓迎会をやるとかなんとか」
「まあそれは事実だし、お前にももちろん来てもらう」
「了解しました。で、日時は?」
先の人たちと同じように、紫苑にも日時を伝える銀さん。
僕はというと、思ったより即答で了解した紫苑に少しびっくりしていた。
「わかりました。それじゃあお引き取り下さい」
もう用は済んだだろ?というように、早々と後ろの自動ドアが開いた。帰れってか。
「よし、んじゃ行くか、黒須」
「あ、はい」
紫苑は未だにパソコンに向かっていたが、わざわざ振り替えさせる理由もなかったので、僕はそのまま部屋を出た。
「あいつはああいう奴なんだ。…っつってたらここの連中みんなしょうもない奴ばっかできりねえけどよ。まあそれなりに仲良くしてやってくれな」
そう言いながら次の目的地に向かう銀さんの背中は、なんだか少し怯えてるように見えた。
To be continue....
----------
今僕が立っているのは、黒い扉の前。
壁も床も、他は全て白いから、その扉は一段と黒く見えた。
何の部屋だろう?なんか怪しいな…黒魔術の部屋とか?
なんて考えてた僕の隣で、銀さんはこう言った。
「ここがお前の部屋だ」
「へえ…って、え?」
耳を疑った。いや別に疑う必要はないんだけど。
「ここが…ですか?」
「そうだ。ここが、だ」
廊下はほぼ密室状態だが、部屋の中にはちゃんと窓もあるし、冷暖房も完備。ベッドや机などの家具もあり、別に不便ではないのだが…。問題は隣の部屋である。
「あの…」
「なんだ?」
「さっきから隣の部屋の物音が凄いんですけど」
「ん?ああ。またやってんのかアイツら」
「やってる?アイツら?」
アイツらって?と僕が聞くと、ついでに挨拶しとくか、と言ってスタスタと隣の部屋に向かう銀さん。後を着いて行かざるを…得ないよなあ。
そして緑色の扉の前。
「おーい、然ム?いるかー?」
バタバタと音がした後、
「は、はーい!いますよー!」
焦ったような男の声が聞こえてきた。
「開けてもいいかー?つか開け…」
「あああああああ駄目です!開けないで!」
あまりの必死さに、銀さんは驚いたような顔をした。が、すぐ後には呆れていて、
「……またイースが来てんのか」
と、ため息混じりに言った。
するとそれに対抗するように聞こえてきた女の子の声。
「またとは何よー!そういうこと言うと、ギンちゃんもあたしの餌食にしちゃうよー?」
随分な物言いだ。幼い声で大層なことを言う。
「やれるもんならやってみろ。つか、客だ。さっさと終わらせてここ開けてくれ」
「はーい。然ちゃん!ほら!片付けないと!」
「ほとんどイースが散らかしたんだろ!」
「然ちゃんも散らかされた側だけどね」
「…はいはい」
そんな会話から数分後。漸く開いた扉から出てきたのは、長身の男と、声の通りの幼い女の子だった。男の方はおおよそ20代くらい、女の子の方は、見た目からして12歳くらいだろうか。
「お待たせしました」
「新人さんみーっけ!」
長身の男とは対照的に、女の子の方は僕の周りをしばらくウロウロしてから、
「ま、顔は悪くないね。でもちょーっと痩せすぎかなあ」
なんて失礼なことを言った。年下に言われるとは…我ながら軟弱なこの体を恨むよ。
「こら、イース!初対面相手に失礼だろ!…ごめんね、こういう子なんだ」
注意する割にかなりアバウトな謝罪。絶対O型だな、と、どうでもいいことを考えていると、毎度の如く自己紹介タイムが始まった。
「あたし、黄ノ原イース。年下だけどここでは先輩なんだから、あたしの言うことはなんでも聞きなさい!」
「はあ…」
なんなんだこの子。最近の小学生はこんなにませてるものなのか。
「いい加減にしなさい、イース」
「はーい」
イースをなだめながら、長身の男も自己紹介。
「俺は緑山然。ゼンで良いよ。苗字長いから」
「あ、はい」
まともだ。ここに来て一番まともな人だ。
「あ、えっと、黒須十次です。よろしくお願いし…ま…」
そこまで言いかけて、目の前のイースにムカついたのは他でもない。
「あっははっはははっは!」
「な、何か…」
あまりに爆笑するので、理由はなんとなく予想できたけど一応聞いておいた。
「だ、だって…名前…ぷっ…どんなセンスしてんのよ…あんたの両親…ぷっはは!」
悪かったな。変な名前で。つか、お前に言われたくない。
「イース」
「は…はは…あー苦しい。何?然ちゃ…」
笑顔だったイースの顔が一瞬にして引きつった。
「いい加減にしなって言ったよね?」
「あーうん。言った、ね」
然さん目が笑ってない。…と思ったけど、切り替えは早く、表情はすぐ柔らかくなった。
「じゃあもうやめなって。イースだって、人の名前笑えるような名前でもないだろ」
「あー、それどういう意味ム?」
「ハーフに名前を笑う権利なし」
「ちょっ、それ差別じゃん」
「普段俺を下僕扱いしてあんなことやこんなことさせてるお前に差別とか言われる筋合いないんだけど」
「うっ…」
多重人格かと思うくらいに、さっきの部屋の下りからは想像もつかない迫力でイースを追い詰めている。何者なんだこの人…。ていうか、あんなことやこんなことって何。
「ま、まあ、今回は然ちゃんに免じて見逃してあげる」
何を。
「とにかく、今後私とすれ違ったら挨拶と敬語!忘れずにね!」
はいはい。
「わかったよ、イースちゃん」
冗談混ぜないとやってらんない。つか、こんなキャラだっけ、僕。
「あー!もうなめてるし!」
「はーい部屋に帰ろうねー」
「ちょ、離してよ然ちゃん!」
「じゃあまたね、十次くん」
「おーい、ちょっと待て」
今までずっと黙って聞いていた銀さんが、しばらくぶりに口を開いた。
「お前らなあ…俺を無視して話進めんなっつの」
「あー、すみません、つい」
さっきからちょこちょこ毒舌な然さんである。
本題本題、と言って二人を元の位置に戻って来させ、ついでにイースの解放も命じた。心なしかイースの目が輝いて見えた(無論、銀さんへ向けて)のは気のせいだろうか。目移りが凄まじい。
「輝がな、こいつの歓迎会をやりたがってんだ」
そう言いながら僕を指差す銀さん。
「お前らも参加するよな?つか参加しろ。来ねえと俺が怒られる」
なんか全然歓迎されてる気がしないんだけど。既に。
「ギンちゃん輝ちゃんには弱いからねー。いいよ、あたしは参加したげる!」
「じゃあ俺も。イースの面倒見ないとね」
「別にあたし一人でも大丈夫だよっ!」
「でもどうせ全員行かなきゃいけないし」
「むー」
1人不満げなイースは無視し、銀さんは交渉成立とばかりに頷いた。
「んじゃ、明日の午前10時に広間集合な」
「わかりました」
「ねえねえその10時っていうのは十次とかけ…」
「じゃあ、俺たちはこれで」
あと一歩で僕の堪忍袋が切れるところだった。セーフ。
「あ、そうだ。然。こいつお前の隣の部屋だから、色々面倒見てやってくれな」
「了解です」
「イースも程々にな」
「はーい」
イースの返事を聞くと同時に僕たちはまた廊下を歩き出した。
「一通り回ったら、自分で部屋に戻ってもらうからな。ちゃんと道覚えとけ」
「はい…」
そうは言っても、こんな真っ白な廊下、なんの目印も無しに歩けるわけないだろうと思うんだけど。
ま、なるようになれ。
「それじゃあ次行くか。あんま俺も行きたくねえんだけど…一応世話になるだろうからな」
そう言う銀さんは、なんだか凄く重たい空気を背負っているように見えた。
銀さんの足取りが明らかに重かったので、僕はさっきの2人について他諸々の質問を異常なほど繰り返し、遠回しに時間を稼いでいた。
大体、銀さんが会いたくない人が僕の会いたい人なんて可能性はほぼ皆無だ。理不尽すぎる。
それなら時間を稼ぎたい銀さんに協力するのが利口だと考えた結果がこれだ。そう、これだ。
今となってはそんなことしなければと後悔している。よりにもよってあの2人に関しての質問はタブーだと、僕は自分で学習した。
「まあ大体わかったろ?つまり…」
「あの人たちは、もうそういう関係なんですね」
そう、そういう関係。
「あーでもな、然にはそういうこと言うなよ。あいつは不本意だから」
「そうなんですか?」
「イースがここに来た当初、まあ色々あって誤解されたんだよあいつ。で、今に至る」
「はあ…」
そんなに口にしづらいことなのか。見るからに健全そうなのに。
僕が心の底から後悔と然さんへの同情に勤しんでいると、
「やっと、来たようじゃな」
おじいさんの声がした。
え?でも……どこから?
僕は辺りを見回したが、隣に銀さんがいるだけで、他には何も…
「ここじゃ、ここ」
声がするのは下の方からだった。僕はふいに自分の足下を見た。するとそこには、
「…リス?」
リスがいた。
「はあ、これだから最近の若いもんは…わしはエゾリスじゃ!」
いや、そんな種類は得にどうでも良いかと。
「ていうか、リスが…しゃべっ…」
「よう、ヴァルゴ。最近のドングリはどうだ?」
…え?
銀さんに質問を投げかけようとした僕だったが、そこには目の前のリスに普通に話し掛ける銀さんの姿があった。
「うーん…近頃は大気汚染が進んでおるせいか、あんまり良い味ではないのぉ」
「へえ…そりゃ残念だな。今度然のとこから貰って来たらどうだ?」
「ダメじゃダメじゃ。あいつの部屋は不純じゃからの」
本当に然さんがことごとく可哀想になってきた。いやいや、そんなことより、
「あの、リス…さん?」
「リスじゃない!ヴァルゴと呼べ!」
「じゃ、じゃあ…ヴァルゴ、さん」
「あー、堅苦しいのは苦手じゃ。ヴァルゴで良い」
「じゃあ…ヴァルゴ」
「おっけー」
何なんだこれ。
「あの、ヴァルゴ。どうしてあなたは言葉を喋れるんです?」
これだよ。これが聞きたかった。
「ほぅ…知りたいか?」
「は、はい」
「そうか…では教えてやろう」
そう言って15秒程ためた。
そんなに重要なことなのか…。と内心緊張していると、
「ヴァルゴー?、帰ってるんだったら早く入れー」
ヴァルゴのすぐ後ろにあった部屋の入り口と思しき穴(しかしドアは無い)から声がした。そういえばさっきから電気が付いている。
「おーう、今行くでぇのー。それじゃあ坊主、わしは呼ばれたので行かなければならん。話はまた今度な」
「え、いや、ちょ…」
完全に誤摩化されたと若干悔しがってると、銀さんが救いの手を差し出してくれた。
「心配すんな。俺らもあの部屋に用があるんだ」
そうなんだ。よかった…。とも言ってられない部屋だとも知らずに、僕はヴァルゴと銀さんの後に着いてその部屋に入った。あれだけ時間稼ぎに専念していたあの頃の僕は何処へ。すんなり部屋に入ってしまった。
そこは薬品臭かった。薬品臭い…というか、もう明らかに保健室のような場所であった。
壁も床も白く、廊下と大して変わらない。だが、清潔感が感じられるのは入ってすぐのベッドや医療器具だけで、その奥のカーテンの向こうは、まるで地獄絵図だった。
人間の解剖写真、解剖に使用されたと思しき道具の数々。通販グッズの数々。白い壁はところどころ血に染まっていた。
「あ、あの…えっと、黒須十次です。今日からここで暮らすことになった…」
一応礼儀かと思って、そんな光景に気を取られないよう、できるだけ冷静に自己紹介をした。
この部屋の住人であろう人物は、僕の目の前の椅子に座って、カルテ的な何かよペラペラめくっている。
茶髪の、それなりに長い髪を微動だにせず、黙々と資料を読みふけっている。後ろから見ただけでも示しは付く。凄い美人でスタイルも良い。大人オーラ全開。
そんなことを考える暇があるくらい、僕の自己紹介から沈黙を銀さんが破ってくれるまでにかなりの時間があった。
「七重さん、この前言ってた新人です。顔見せに気ました」
「……」
「七重さん」
「………」
全くもって返事がない。
銀さんは呆れたようにため息を吐いてから、七重さんと呼ばれた女の人にゆっくり近付いて行き、
「…七重」
耳元で囁いた。え、なんで。
「ああ、真か。どうした?」
さっきより小さい声で囁いたはずなのに、反応はさっきより断然早かった。だからなんで。
「どうしたもこうしたも、この前話した新人が来たから挨拶に来たんですよ」
「あー、そうかそうか。忘れてた」
そう言って振り返った彼女は、やっぱりとても綺麗だった。細い黒ぶちの眼鏡が良く似合う。
「で?名前は?」
長い髪を右下の方で1つに縛りながら、さっきの僕の発言は全く耳に入っていなかったのだろう、僕を見て言った。
「黒須十次です」
「あ、そう」
「はい」
全く会話が弾まない。
しかし、銀さんの一言で急に態度が変わったのは言うまでもない。
「あの黒い部屋に住むことになった」
「!?」
目を見開き、そのナイスプロポーションを存分に発揮した美しい歩行技術で僕に近付いて来た。
「お前が、黒の…?」
「は、え…?」
「七重さん、そいつまだ自分のこと良くわかってないんで」
僕が戸惑っていると、銀さんはまたも助け船。良い人だ。
「そうか…悪かったな」
そう言って席に戻ると、ようやく自己紹介をしてくれた。
「私は虹村七重。七重さんでいい。みんなそう呼ぶからな」
「あ、はい」
僕が返事をしたと同時に、用は済んだとばかりに銀さんは一歩引いた。
「じゃあ七重さん、俺たちはこれで」
「待て、誰が帰っていいと言った。それに…」
帰ろうとUターンした銀さんを後ろから声だけで引き止め、すっと立ち上がると銀さんの方へ歩き出し、
「私のことは七重と呼べと言ったはずだ」
「いや…だってさっきまでスルーしてたじゃないですか」
「あれは初対面の客の前だから仕方なくだ。今はもう自己紹介も済んでこいつとは初対面じゃなくなった」
何処をどう取っても理不尽極まりない発言だったが、とりあえずここの女性陣は強いな、ということでひと括りにしておいた。
「まあいい。おい黒いの」
「へ…僕?」
「そうだ黒いの。お前だ」
僕はどうやら「黒いの」と呼ばれることになったらしい。ちょっと不満だけどまあいいか。
「今度私の実験台…あーいや、研究材料になれ」
全く言い替えた意味がない気がするんですけど。
「あー…っと、それはどういう…」
愛想笑いすらできないでいると、またも銀さんの助け船。
「七重さん、引かれてますよ」
「知るか」
「七重」
「はーい」
態度が変わりすぎである。
とにもかくにも僕たちはこの研究室としか言い表わせない通称医務室を後にし、次の目的地へと向かった。
銀さんは出て行く際にさっきの2人と同様、七重さんとヴァルゴにも歓迎会の日時と場所を伝えていた。
だがしかしやはり大人だ。僕の名前と時間帯の関係性には全く触れなかった。流石。
「次の奴はイース年下だ」
「はあ…」
衝撃の申告を受けて僕がため息を付くと、
「だが、イースよりは七重さん寄りだから安心しろ」
一瞬安心しかけたが、良く考えれば全く安心できないことに気付いた。
「女性…ですか?」
「いや、男だ。つか、ここに女はイースと七重さんしかいねえから大丈夫だ」
何が大丈夫なんだ…。と思いつつも、次の相手はとりあえず名前とかくだらないことに関心を抱かないであろうという推測ができたので、期待と不安に胸を…まあそんなに楽しい気分でもなかったけど。
とりあえずはリスが何故喋るのかを自分なりに考えて歩くことにした。
何故リスが喋るのかを考え始めて早15分。
結局理由は突き止められないまま、僕と銀さんは今までの部屋とは少し離れた所にある紫色の扉の前にいた。
そろそろこの展開にも飽きてきた頃だと思うが、もう少し我慢していただきたい。
「ここ…ですか?」
「ああ」
僕が疑問に思ったのは他でもない。この扉は取っ手がなく、まるで白い壁が1か所だけ紫に塗られたかのように見える。
「ここの住人は酷く神経質でな。外部からの侵入をことごとく拒む」
つまりは潔癖性…的なことか。
「そこで、この部屋だけは特別仕様で、防音や防寒はもちろん、簡単には破壊できない頑丈な造りになっている」
「へえ…。じゃあどうやって開けるんですか?」
「入れてくれるかわかんねえけど、とりあえずやってみっか」
そう言って、扉の横に設置されたパネルをいじる銀さん。しばらくして、パネルに付いたスピーカーから声が聞こえた。まだ声変わりしていない少年の声だ。
『銀さんですか。何の用ですか?』
「この前話した新人だ。挨拶に来た」
『この前…思い当たる節はないですが』
「お前ずっとパソコンに向かってたから聞いてなかったんだろ」
『とくに必要ない情報だと判断したので』
「だろうな」
どうやら龍王さんが僕を連れて行く前から、ここでは僕が来ることは決定事項として話されていたらしい。
それにしても、どうでもいいってへこむなあ。
その後しばらく銀さんが少年に扉を開けるよう交渉すると、
『わかりました。ただし、消毒してから入ってください』
少年の声と同時に、壁から2本の金属製の腕が出てきた。
2本の腕は僕と白銀さんを取り囲み、持っていたスプレーを一気に噴射。
「げほっげほっ…うぇっ…」
気分が良いとはとても言えなかったが、無味無臭なことや少年が「無害ですから」と言っていることから、恐らく人体に影響は及ぼさないのだろう。
「げほっ…は、入るぞ」
『どうぞ』
ようやく咳が治まった銀さんが確認を取ると、少年は快く了解し、目の前の紫色の扉が開いた。
中は真っ暗だった。ただ1か所、住人と思しき小柄な人陰の眼前以外は。
「またこんな暗い中でパソコンいじってんのか。目悪くなんぞ」
「もうとっくに悪いですから」
そう言って未だ振り向かない少年。何にそんなに夢中になっているのか。
「付けたいならどうぞ。僕は構いません」
少年の言葉を聞き、すぐさまドアの横にあるスイッチに手を伸ばそうとした銀さんを、僕は呼び止めた。
「本当にいいんですか?その…明るいのが駄目とかそういうんじゃ…」
「だったらパソコンの光も駄目だろ」
「あ、そっか…」
その通りだ、と思い、銀さんに電気のスイッチを任せた。
数秒後、部屋に明かりが付いた。
パソコンの方から「うっ」という小さなうめき声が聞こえた。そりゃああれだけ暗いところにいて急に明るくなったら体はびっくりするよな…。
少年は眩しそうに俯いていたが、しばらくしてこちらを振り返った。
椅子に座ってこそいるものの、明らかに小柄な少年だった。
「初めまして、黒須十次さん。僕は紫苑といいます。紫に、広辞苑の苑と書いて紫苑」
ご丁寧に漢字の説明までしてくれた。小柄だが、今までで1番しっかりしている気がする。でもちょっと笑顔が足りない。
「初めまして。えっと…」
部屋を見回しながら、何から質問しようか(それほどまでに物が多い部屋だった)と考えていると、
「僕の仕事は、主に情報収集やデータ整理です。それ以外に何か質問はありますか?」
やはり真顔のまま、1番聞きたかったことを話してくれた。
でも質問はもう1つ。
「その椅子、車椅子…かな?足が悪いの?」
車椅子ほど大きな車輪ではなかったが、肘置きの部分がなんだか色々ごちゃごちゃしており、プレステのアナログスティックみたいなものが付いているし、背もたれ部分に取っ手も付いてる。
「ああ、これ。これは…」
「こいつ歩くのがめんどくさいんだよ。だから電動車椅子」
歩くのがめんどくさいって…。やっぱりまともでもなかった。全く、最近の子供は。
「正しくは脳波式電動車椅子です。そこら辺の部品の塊と一緒にしないでください」
「あーはいはい、悪かった」
あんな物はただのおもちゃですよ、と日本の技術者たちに喧嘩を売りながら、紫苑はパソコンに向き直った。
「で、歓迎会がどうとかっていう話は僕も関係あるんですか?」
パソコンに向かったまま振り返らずに質問する紫苑。
「イースたちか?」
「はい。10分くらい前にここに来て、新人の歓迎会をやるとかなんとか」
「まあそれは事実だし、お前にももちろん来てもらう」
「了解しました。で、日時は?」
先の人たちと同じように、紫苑にも日時を伝える銀さん。
僕はというと、思ったより即答で了解した紫苑に少しびっくりしていた。
「わかりました。それじゃあお引き取り下さい」
もう用は済んだだろ?というように、早々と後ろの自動ドアが開いた。帰れってか。
「よし、んじゃ行くか、黒須」
「あ、はい」
紫苑は未だにパソコンに向かっていたが、わざわざ振り替えさせる理由もなかったので、僕はそのまま部屋を出た。
「あいつはああいう奴なんだ。…っつってたらここの連中みんなしょうもない奴ばっかできりねえけどよ。まあそれなりに仲良くしてやってくれな」
そう言いながら次の目的地に向かう銀さんの背中は、なんだか少し怯えてるように見えた。
To be continue....
PR